トキワ松学園小学校

トキワ松学園小学校

〒152-0003 東京都目黒区碑文谷4-17-16
TEL 03-3713-8161(代) FAX 03-3713-8400

トキワ松だより

6年生 原爆先生の特別授業(総合)

「原爆先生の特別授業」(6年総合・6/29)

〈特定非営利活動法人原爆先生〉代表・池田(まさ)(のり)さんをお招きし、6年生を対象にした「原爆先生の特別授業」を行いました。8月を前に、本校ではこの授業を平和について考える総合学習として位置づけ、今年度で2回目の実施となります。

小ホールで準備を整えて、池田先生をお迎えします。日直の号令で挨拶をし、授業開始。これからどんな授業が始まるだろうとわくわくしていた子どもたちは、期待の目で前に立つ池田先生に注目します。ところが、いくら待っても先生は黙ったまま。沈黙が続きます。はじめは「どうしたんだろう?」と顔を見合わせたり、ちょっと笑ったり、振り向いて担任の表情を伺ったりしていた子どもたちでしたが、ただならぬ雰囲気に一人二人と動きを止め、息を呑み、やがて会場にはエアコンのカタカタという音だけが響きます。長い沈黙の後、ゆっくりと先生の語りが始まります。

授業は、前半45分は〈ヒロシマの被爆物語〉、当時17歳の少年兵の手記※が「わたし」という一人称で語られ、主人公の目線に立って原爆の恐怖と惨状を知るというもの。後半45分は〈原子爆弾の科学的解説〉、原爆を投下したエノラ・ゲイの軌跡や、原爆の具体的な威力と被爆地の状況などを科学的に解説する、という構成でした。事実を知ることで多くのことを考える。そして考えた結果として意見が生まれる。答えや意見が大切なのではなく、子ども自身で考えるという行為が重要であり、「授業の目的は子どもが自身で考えるための有効な材料を提供することであり、決してひとつの答え導き出すために行うものではない」そうです。

授業後に、池田さんから校長室で少しお話を伺うことができました。「〈なぜこうした活動を続けているか?〉という問いに対して、何百校と回ってもなかなかはっきりと答えられないんです。そもそも、こうした出来事や体験を〈伝える〉などということはできないと思っています。」と前置きされた上で、「映像を見せるのは簡単だが、それではどうしても過去のこと、他人のこととしか思えず、わかったことにはならない。生身の人間が目の前で語ることによって、子どもたちは想像力を駆使して自分の心の中で像を結ぶ。そして、もっと知りたいと思うところから〈わかる〉ということにつながっていくのではないか」と話されました。原爆先生のHPに「子どもたちが〈ヒロシマやナガサキのことをもっと知りたい、行きたい〉と関心をもつことこそが、勉強すること、理解することにつながり、それが結果的に〈伝わる〉ことを実現させる。反対に、〈伝えよう〉という思いや主張が強くなると、受け手の側に反発や拒否感が生まれ、そこから風化が生まれる」ということが書かれていましたが、池田さんのこうしたお考えはあらゆる学びに通じるものであり、教育に携わる身としてはっとさせられました。「いかに子どもたちを惹きつけ、聞かせるか。そこに尽きます。何百校と同じことを繰り返す中で、最近ようやく見えてきました。いわば中小企業の職人なんです」と明るくお話しされる池田さんは、凄みのある授業の時とは打って変わり、親しみに満ちた笑顔を見せて下さいました。

 授業後に、子どもたちは感想文を書きました。90分に及ぶ授業の後でしたが、教室に戻った子どもたちは誰からともなく黙って鉛筆を走らせ、教室内は静寂に包まれました。授業を受けて胸に生じた思いを、今自分がもてる言葉を駆使して何とか形にしようとしているのが、一人一人の文章から伝わってきます。互いの受け止め方や感じ方を共有し、またそこには多様性があることを知るために、全員の感想文を教室前に掲示することにしました。ここではその一部をご紹介いたします。

 

※池田さんの小説『7000℃の少年』(原作『ヒロシマの九日間』のリメイク)を元にしたもの。池田さんの父である、池田義三さん(1927-2009)の原爆体験を題材にして書かれた作品。

 

<子どもたちの感想文から>

・最初、受講前は楽しそうなイベントだと思い込んでいたが、お話を聞いて改めて原爆が怖いものだと実感した。お話しただく前に少し静かな時間があったが、それは多分話を聞くための心の準備をされていたのではないかと思った。先生が話されることは歴史を勉強していたのでなんとなく予想できたが、知らないこともいっぱいあったのでどんどん話にひかれた。しかし、それと同時に恐怖を感じた。なぜかというと死者(生きているのか分からないような人たち)を川から引き上げる時など皮ふがむけてしまったとおっしゃっていて、それを想像してその景色が頭に思い浮かんだからだ。すごく怖くて心臓がバクバク鳴った。と中話が変わって原爆についての話になった。4tもあると知ってあんなのが落ちてきたらとてつもないなと思った。あの時燃焼したウランがわずか1㎏だということは、もし全て(60㎏)が燃えたら広島どころではなく中国地方のほとんどが焼け野原になると思った。最後は本人(池田義三さん)が語る映像をみせてもらった。義三さんは原爆ドームに行ったとき写真や模型を見て「きれいすぎる」と言われたといい、それは実際に体験した人しか言えない言葉だと感じた。(後略)

 

・ぼくは、広島に行ったことがあります。そして、原爆資料館にも。まず、入った所にある人形。顔にやけどがあり、手からは皮ふがたれ、うめき声を発している。正直、とてもしげきの強いものでした。今も、思い出すと少しふるえます。それなのに、原爆先生の父は言いました。「きれいすぎる。」現実と記録がかけはなれているというのです。ビデオや話を聞いていると、確かにそうなのかもしれないと思いました。一言一言を聞くたびに恐ふし、こんなただただ破かいするだけの兵器をつくってしまった人類は、とても恐いと、つくづく思いました。たったゴルフボールほどの大きさのウランで一つの町がかいめつ的な打げきをうけたのに、今はその一千倍の強さを使えると聞き、ふるえが止まらなくなりました。この紙を書く手も少しふるえます。そんな物が世界で使われたら…ぼくは、人類が作ったものは、自分でこわす義務があると思いました。

 

・原爆の事はとても思い出すのがつらい話だったのに、その事についていろいろと話してくれたのがすごいと思った。私たちは経験したことのないおそろしさだった。最初から鳥肌がとまらなかった。池田義三さんが原爆資料館でひふがたれた人形をみて「きれいすぎる」と言った言葉がとても印象に残っている。改めて原爆のおそろしさを知った。生の映像や写真を見て、いつもは口だけだったけど本当におそろしい物なのだと感じた。義三さんのビデオで体験した人の苦しみが伝わった。原爆についてはよく知っているほうだと思っていたけど、知らない事がたくさんあった。実際に体験した人の声をきくことでよりおそろしさが伝わり、もっといろんな人に原爆のおそろしさを知ってほしいと思った。家族や友達などに今日の話をしていろいろな人に伝えていきたいと思った。体験した事のある人しか話す事のできない話がたくさんあるのでもっとたくさん講演してほしいと思った。原爆についてもっとたくさん知りたいと思った。いまだに原爆の後いしょうになやまされている人の事をとても悲しく思った。世界には、広島の原爆の1000倍以上のい力を持つ原爆があることを知って何のために使うのかな?と不思議に思った。15000発の原爆はどのようにすればいいのか気になった。もっと原爆のことをたくさん知ってみんなに伝えたいと思いました。(女子)

 

(注)誤字や表記の仕方等、文意を変えない範囲で原

 


文に修正を加えている箇所があります。

DSCN1208

トキワ松だより一覧に戻る

〒152-0003 東京都目黒区碑文谷4-17-16
TEL 03-3713-8161(代) FAX 03-3713-8400
ページトップへ
Copyright © Tokiwamatsugakuen All Rights Reserved.